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Archive for March, 2011

便利さの果て

便利さの果てには何があるのだろう?

海外、特にフランス、に住んでたまに日本に帰ると日本がどれだけ便利か実感する。コンビニは24時間開いているし自動販売機は25メーター間隔に置かれている。地下鉄は時間通りに運行するしレストランの店員さんは気を利かせて何か必要か聞きにきてくれる。それに比べてフランスには警察でも24時間開いていないし(パトロールはしているとおもうが)夏は平気に一ヶ月間休む店もある。地下鉄の切符販売機は恐ろしいほど使いにくいしすぐに列ができる。日本では考えられない光景ばっかりだ。

しかし僕はそれを決して悪いとはおもっていない。この国の労働法(年間有給最低25日間、週35時間制、日曜は賃金倍増)はこの国の国民性を守ってるような気がする。まあこのまま国際社会で競争してこの生活と社会保障を継続できるかは問われるとこだが。

確かに日本は勤勉国家だ。そう思うと「お客様は神様」を掲げて馬鹿みたいに働く日本人はわからない事もないがその果てに満足できない国民を見ると気になる。失われた20年、そして人口8倍の中国に抜かれても日本はまだ世界第3位の経済大国であり世界有数の先進国だ。しかし世界的に実施されている満足度アンケートを見ると日本は毎回毎回先進国下位。

こんなに裕福、便利、そして安全な国は他には存在しない。でもその中で満足できない日本人、何を求めているのだろう?

日本にいて気づく事は日本人は日本の便利さに慣れきってしまっているという事だ。物事当たり前にとらえてしまうと相対的な幸せは感じられない。これ以上日本を便利にしても国民は満たされるのだろうか?

そう考えると日本がいましている事と日本が求めてる物にはギャップを感じる。少子化、高齢化、グローバリゼーション、これから日本は今以上に多様な、そして複雑な社会問題に面するだろう。その中無理に国際競争力、影響力を維持するよりこれから日本人の為に日本をどう変えて行けばいいか問う議論をみたい。これ以上モノを安く作り生活を便利にするよりも今ある生活をどうやって日本人は満足できるか考えたい。しかし今の政治では未来が見えないのは僕だけだろうか?

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